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東京高等裁判所 昭和56年(ネ)2487号 判決 1986年9月17日

控訴人

株式会社太陽舎

右代表者代表取締役

酒井文七郎

右訴訟代理人弁護士

佐藤貞夫

木村謙

奥澤利夫

右訴訟復代理人弁護士

寺内従道

被控訴人

半田準

右訴訟代理人弁護士

岩本義夫

主文

原判決を取り消す。

被控訴人の請求を棄却する。

訴訟費用は第一、二審とも被控訴人の負担とする。

事実

第一  当事者の申立て

一  控訴人の申立て

主文と同旨

二  被控訴人の申立て

1  本件控訴を棄却する。

2  控訴費用は控訴人の負担とする。

第二  当事者の主張

一  被控訴人の請求の原因

1  被控訴人は、控訴人に対し、昭和五四年一二月一日、別紙物件目録一記載の土地(以下本件土地という。)を次の約定で賃貸し、引き渡した。

(一) 期間 三〇年

(二) 賃料 一か月二五万円 毎年五月、一一月各末日六か月分前払い

(三) 無催告解除の特約 控訴人が賃料の支払いを二回以上遅滞したときは、被控訴人は、何ら催告をしないで、賃貸借契約を解除することができる。

2  その後、控訴人は、本件土地上に別紙物件目録二記載の建物(以下本件建物という。)を建築した。

3  ところで、控訴人の被控訴人に対する賃料の支払状況は次のとおりであり、昭和五五年九月分以降の賃料の支払いはない。

(一) 昭和五五年一月一日 昭和五四年一二月分から昭和五五年五月分までの賃料一五〇万円

(二) 昭和五五年九月 昭和五五年六月および七月分の賃料五〇万円

(三) その後 昭和五五年八月分の賃料二五万円

4  そこで、被控訴人は、控訴人に対し、昭和五六年四月一四日、本件賃貸借契約を解除する旨の意思表示をした。

5  昭和五六年四月一五日以降の本件土地の相当賃料額は一か月二五万円である。

6  よつて、被控訴人は、控訴人に対し、賃貸借契約の終了に基づき、

(一) 本件建物を収去して本件土地を明け渡すこと、

(二) 昭和五五年九月一日から昭和五六年四月一四日までは賃料として昭和五六年四月一五日から本件建物収去土地明渡しずみまでは賃料相当損害金として、いずれも一か月二五万円の割合の金員を支払うこと

を求める。

二  控訴人の答弁

1  被控訴人の主張する請求原因事実第1ないし第4項はいずれも認める。

2  同第5項は否認する。

3  なお、本件賃貸借契約には次のような事情がある。

(一) 控訴人は、昭和五四年八月三一日、重度障害者である労働者を多数雇用して、印刷、製本の受注、加工、販売等の事業を営むことを目的として設立されたが、被控訴人は当初から控訴人の取締役に就任している。

(二) 控訴人は、右事業の用に供する社屋兼工場を設置するため、本件土地を賃借し、その上に本件建物を建築したが、いずれ雇用促進事業団から助成金の支給を受けるつもりであり、現に昭和五六年三月、雇用促進事業団から重度障害者多数雇用事業所施設設置等助成金(一億円)の受給資格の認定を受けた。

(三) 控訴人は、被控訴人に対し、昭和五五年二月一日、敷金五〇〇万円を交付した。

三  被控訴人の反論

被控訴人の答弁事実第3項のうち、(一)は認める。ただし、被控訴人は、控訴人に対し、昭和五六年一月中旬ごろ、控訴人の取締役を辞任する旨の申出をした。同(二)のうち控訴人が昭和五六年三月雇用促進事業団から重度障害者多数雇用事業所施設設置等助成金(一億円)の受給資格の認定を受けたことは否認するが、その余の事実は認める。同(三)は否認する。なお、被控訴人は、控訴人の取締役としての報酬が昭和五五年八月以降支払われなかつたので、本件土地の賃料を唯一の収入として生活していた。

四  控訴人の抗弁

控訴人は、前記助成金の受給資格認定の申請中、雇用促進事業団の専門委員から、「事業の開始前に地代を支払うのは不適当ではないか。」という指導を受けたので、

1  当時控訴人の取締役であつた被告訴人は、控訴人に対し、昭和五五年八月ごろ、操業開始時以前の本件土地の賃料債務、即ち、同年九月分から昭和五七年八月分までの本件土地の賃料債務を免除する旨の意思表示をした。

2  当時控訴人の取締役であつた被控訴人および控訴人は、昭和五五年八月ごろ、控訴人の操業開始以前の本件土地の賃料債務、即ち、同年九月分から昭和五七年八月分までの本件土地の賃料債務を免除する旨の合意をした。

五  被控訴人の答弁

控訴人の主張する抗弁事実はいずれも否認する。

第三  証拠関係<省略>

理由

一被告訴人の主張する請求原因事実第1ないし第4項は控訴人の認めるところである。

二そこで、被控訴人のした右の賃貸借契約解除の意思表示の効果について判断する。

たしかに、右に判示したところによれば、控訴人が昭和五五年五月三一日には同年九月ないし、一一月分の本件土地の賃料(三か月)を、同年一一月三〇日には同年一二月ないし昭和五六年五月分の本件土地の賃料(六か月分)をそれぞれ支払う義務があるのにこれを怠つたことは明らかであるから、一応、控訴人が本件土地の賃料の支払いを「二回以上遅滞した」(請求原因事実第1項(三)無催告解除の特約)ことは否定できず、したがつて、被控訴人のした解除の意思表示の効果を認めるべきもののようである。

しかし、右の無催告解除の特約は、賃貸借契約が当事者間の信頼関係を基礎とする継続的債権関係であることにかんがみれば、右の二回以上の賃料の不払いを理由として契約を解除する際、催告をしなくてもあながち不合理とは認められないような事情が存在する場合に限り、その効力を肯定すべきものである。

右のような立場に立つて、さらに検討すると、控訴人の賃料の支払い状況はさきに認定したとおり(請求原因事実第3項)であつて、その履行遅滞の程度は契約の当初から相当なものであるといわなければならない。しかしながら、控訴人が昭和五四年八月三一日重度障害者である労働者を多数雇用して印刷、製本の受注、加工、販売等の事業を営むことを目的として設立されたこと、被控訴人は当初から控訴人の取締役に就任していること、および、控訴人は右の事業の用に供する社屋兼工場を設置するため本件土地を賃借し、その上に本件建物を建築したが、いずれ雇用促進事業団から助成金の支給を受けるつもりであつたことはいずれも当事者間に争いがない。そして、<証拠>を総合すると、被控訴人は控訴人の前記事業目的に賛同し、その設立に参画したばかりでなく、控訴人の設立以来昭和五六年一月中旬辞任するまでその取締役であつたこと、控訴人は、重度障害者多数雇用事務所施設設置等助成金の受給資格認定の申請中である昭和五五年七月ごろ、雇用促進事業団の窓口機関である身体障害者雇用促進協会の専門委員から、「事業の開始前に本件土地の賃料を支払うと、助成金の先喰いになり、不適当ではないか。」という指導を受け、被控訴人にもその旨を伝えたことおよび、控訴人は昭和五六年三月ごろ、右助成金(一億円)の認定を受けたことがそれぞれ認められる。

以上の事実を総合すると、控訴人の賃料支払義務の履行遅滞の程度が契約の当初から相当なものであり、被控訴人が本件土地の賃料を生活費の一部としていた(当審における控訴人代表者、被控訴人各尋問の結果によつて認める。)ことを考慮してもなお、本件の場合、催告をしなくてもあながち不合理とは認められないような事情が存在するというには躊躇されるのであつて、結局、前記無催告解除の特約に基づく解除の意思表示はその効力を生ずるに由ないものといわなければならない。

そうすると、被控訴人の本訴請求は理由がないからこれを棄却すべきこととなる。

三よつて、本件控訴は理由があるから、原判決を取り消して被控訴人の請求を棄却し、訴訟費用の負担につき民事訴訟法九六条前段、八九条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官櫻井敏雄 裁判官増井和男 裁判官河本誠之)

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